発展途上のボクらとしては
 



     4



これもさすがは立春の後だからか、結構高い位置へまで陽が昇っても、
相変わらず なかなかに冷たい風は吹くけれど。
ビル街の雑踏の中なぞでは建物や人そのものに多少遮られるものか、
台風接近中の実況中継ほど揉みくちゃになるよなこともなく。
これほど寒くとも若者には理由にならぬか、
結構な人の波が行き交う、駅前のタクシー乗り場に添うた広い舗道にて。
濃茶のチェスターコートに内ボアのスキニーパンツは黒、
グレーのタートルネックのニットの襟元へ
ゆるく巻いたグレンチェックのマフラーという、
日頃とは異なるいでたちで到着したそのまま。
見回した先、時折携帯端末を取り出しては時間を確かめていたらしい少年を見つけ、
途中から足を速めて近づいてゆく。
其方でも近づく気配に気づいたようで、

「待たせたか?」
「ううん。ボクが早く来ていただけだよ?」

ほら、まだ五分あると携帯の液晶を見せる。
二人の待ち合わせは、片やが実は指名手配犯だからと敦が気遣って、
大抵は彼が随分と早めに来ているのが定石。
端末をしまうと顔を上げ、ふふーと楽しげに笑う顔は無邪気なそれで。
それへこちらも小さく笑い、

「尻は痛まぬか?」
「あははは。うん、大丈夫だよ。」

数日ほど前の話をちらりと持ち出せば、やはり屈託なく…ちょっと苦笑気味に笑って。
一時間以上も寒い中で待ちんぼした後だったから 知らず気が立ってたところへ、
体のあちこちもガッチガチだったの見抜かれての突々かれたみたいな気がしてさ、と。
助けてもらったのに こっちこそごめんねなんて、
喧嘩になったこと、それは素直に返してきた虎の少年。
知己となったマフィア所属の男らへの対しよう、
任務中はちゃんと切り替えるよう、
太宰からはやんわりと、中也からはすっぱりと言われており。
この芥川からは特に何も言われちゃあいないが、
現場で顔を合わせると、不思議なもので仲良くなる以前の態度が自然とにじみ出てくる。
懸賞金が掛かっていた身ではなくなり、
加えて、芥川が太宰から存在評価を受けたことから、
その故が無くなったため、殺意製造機的に顕著だった負の感情も消失したらしく。
とはいえ、年齢が近いせいかそれとも
殺伐とした荒事への対処中は、お互いの方針の方向性が真反対なため
衝突も已むなきということか。
それぞれの立ち位置を意識するよな場にては、
ついつい “この愚者が”、“何だこの芝刈り機が”と、
先日のように相変わらずの揮発性もて噛みつき合ってしまうのであり。
そういうものが一切かかわらぬ、例えば今日のような“オフ”の日は、
何事もなかったように接する辺り、

 『…あの子たちがああも順応性が高いとは思わなかったよ。』
 『まぁな。』

共闘の機会も増え、善しにつけ悪しきにつけ互いへの理解も深まっただけに、
顔合わせのたびにいちいち噛みつき合われても厄介な事態だが。
呆気ないほどけろりと仲良くなったのへは、
肩透かしを食ったような気がする彼らの現上司たちだったようで。

 『貴方がたの剣突き合う様を、日頃見せられていてはねぇ。』

街中や埠頭などで何てことなく鉢合わせるたび、
何でそこまでと思うよな、激しい罵り合いを派手に始める元双黒のお二人を
離れるわけにもいかず、加勢も出来ず、
傍でいい子で待ってなけりゃあならない直近の部下でもあるがため、
そういう場で苦笑し合うなりし、下地は既に持っていたのでしょうねとこそり呟いたのは、
年長者の広津さんか、それとも中也の側近の青年か…。

「今日はどうするのだ。」
「うん、いつもの書店巡りもいいんだけどね。」

大小ある行きつけの書店を巡り、
気に入りの作家の新刊が出ては無いか、
時期に合わせた凝ったディスプレイがされてはないかと、
そういったものを眺めて回るのが二人の定番の街歩きなのだが。
そちらは、フィーシャーマンズかやや凝った編み目のニットに
足首へ短めのレッグウォーマーを重ねた濃青のテーパードパンツを合わせた敦が、
ネイビーブルーのダッフルコートのポケットから取り出したのは、
上質紙に刷られたカラフルなチラシ。

「中也さんのお勧め、川瀬巴水っていう版画家の作品展があるって。」

カラフルだったのは地の色合いのせいで、
見本にと配された作品は落ち着きのある色調のものが多いらしく。
縮小されたものばかりなのでどうとの判じも難しかったが、
中也のお勧めということは観る価値ありだなと二人ともあっさり納得。
和んだ顔のまま うんうんと頷き合うと、
以前からもたびたび足を運んでいる馴染みの画廊へまずはの進路を取った。
若者があふれる賑やかな通りから地下へと降り、
サラリーマン向けの食堂街を通り抜け、
国鉄の駅にほど近い、倉庫化してのことかシャッターが下りた店の多い細道へ入る。
古書を扱う店や骨董店が並ぶ、どちらかといや地味な一角、
趣味が限られていそうな人が穴場として運ぶような細い通りに面した画廊は、
間口も狭いし、この時間では人影もないため、一見すると はやってないよに見えもするが、
間接照明が柔らかく照らす店内は案外と奥行きがあり、
蒸すほどじゃあない暖房の中、顔見知りになった初老の店主が小さく会釈するクロークを抜けて
ささやかに観葉植物の鉢が角ごとに置かれたギャラリーへ踏み込めば。
少し絞られた空調のささやかな稼働音と、
飾られた作品へ無駄な陰影を与えないよう調整された照明のみが息づく
BGMも掛からぬ静謐な空間に迎えられる。

 「………わぁ。」

墨が基調の顔料を用いているものか、シックに静かな色彩の、風景画の数々が品よく展示されており。
これが版画?と思うよな写実的なもの、それでいて、趣があって情が添うたよな、
閑とした水辺の風景や、夜陰や雪の静けさがしんしんと伝わってくるような藍の世界が広がっている。

 「版画って聞くと、べたりと塗ったってイメージが湧くんだけれど。」

だけど、この緻密さは版画って言われても信じがたいというか。
淡彩の空に湧き上がる雲や、濃紺のしんと静まり返った夜陰の雪景色、
空色のぼかしや海の織りなす様々な藍の繊細さは、
水を含ませた面相筆で徐々に深みを重ね
自然なグラデーションを成すこと図った上で刷いたような絶妙さで、
観る者の視線を惹きつけてやまぬ。

「広重とか北斎の風景画を思えば、繊細さに頷けなくもない。」
「あ、そういえば。」

写楽や歌麿といった、人物画の有名どころをついつい思い浮かべたらしかった敦だが、
成程 芥川の言の通り、
言われてみれば風景画の浮世絵は、今見ているような繊細な淡彩画が多い。

 「……。」

同じものへ同じ“素晴らしさ”を感じ、ほうと見惚れる感性も似ているというに。
二人はその根底部分は造りからして違う。
そんなの何処のどれほど仲のいい人同士にも言えることで、
自分たちに限った話じゃあないのだろうけど。
途轍もなく遠い彼岸に居る同士だと思っていたものが
こうまで親しくなった事例こそ不思議という順番なんだろうけれど。

 “それでも…。”

それでも敦には、こうまで感性も同じくしているのに、
何で相容れられない部分があるのかの方が不思議でならない。
平生の彼は優しくて気の良い青年だと思う。
多少は不器用だったり物知らずだったりもするが、そんな天然なところは似たり寄ったりで、
殺伐とした顔しか知らなかったところから思えば何という可愛げかと思えるほどだ。

  だけど

漠然とした安寧や平和なんて知らないと、
強さに焦がれ、それをのみ目標とし、他は要らぬとただただ高みを目指す孤高の黒。
其れもまた、この青年の偽らざる貌である。
居場所のせいで その手法は残虐にして無慈悲であり、
弱者は道を譲れと、やはり容赦なく薙ぎ払うこと厭わないのも重々知っている。
あくまでも仕事なのであり
恣意的な暴虐や病的な殺戮衝動ではないのだとの把握をし、
中也や、果てはこの“マフィアの禍狗”と自称する彼を知己としたこと、
広く公言まではさすがに出来ないが、後ろ暗さや後悔はない。
そうと認めたのもそうすると決めたのも自分だし、
そこまで仰々しく構えずともなんて軽い気持ちでいるつもりも勿論ない。

  だって他者のせいにしない厳然とした強さをその芯に持ってる人だもの。

そうするしかなくて選んだ生き様だろうけど、
それを選んだのは他でもない自分だとし、
生まれを今更呪うこともせず、
細い背条をそれでもピンと反らせて、しなやかに強かに立っている。
ぱっと見の印象は痩躯な処が際立っているのに、
何故だろうか、脆弱なのだろうという想定は浮かばない。
鋭角に整った顔立ちへ、その若さでよくもまあと思えるほどの威容を載せているからで。
自然体で立っているだけなのに、その身からあふれる気色はただただ泰然として豪なそれ。
凛々しいと思うし、対峙するときは生半でなく手ごわいといつも思う。

 “それに、可愛いとこあるもんな、此奴。”

二つ年上だけれど、それさえ時々忘れるほどに、
肩から力を抜いたオフの日は、それは穏やかな顔で相手をしてくれるし。
かつてのとある日、
太宰から構われすぎるのが不安だとの相談を持ち掛けられて、
あらまあと微笑ましくなったのが切っ掛けといや切っ掛けなのかなぁ。(贅沢なお悩み? 参照)
その段階ではまだまだ 図に乗るなというよな顔もされたし、
うっかりにやけてたの見咎められたか、黒獣が延びて来てあわわと逃げもしたけれど。
それも今にして思えば、近寄ってもろくなことはないぞという
棲む世界が違うのだから近づくなという牽制代わりのようなもの。
すぐにも “おとうと分”という認識が降って来て、
共にいることの多い上司同士の悶着へ、顔を合わすと呆れて苦笑し合うシーンが増えて。
口利きもいちいち揮発性をおびなくなり、
気が付けばこうして、近い歳同士で過ごすことも増え。
他では話せない互いの想い人の近況とか、
訊いたり惚気たりするまでになっているのだから、
自分のことだというに、先のことって本当に判らない。

 “鬼が笑うというのはこのことかなぁ。”

先だって中也から聞いた、ものの例えを思い出し、
くすぐったげに口許を緩めれば、

 「?」

可笑しいものがあったか?と不審に感じたか、
目ざとく見やった芥川に小首を傾げられ、

 「いやあの、何でもないない。/////////」

赤くなったことから、ああと、
此処にはいない想い人のことでも思い浮かべたかと、
妙なことへも鋭くなった、オフ日の羅生門の主様だったりするのである。





     to be continued. (18.02.04.〜)




BACK/NEXT


 *オフ日の新双黒、ほのぼのおデートの巻でしたvv
  どこが“文スト”パロなんでしょうね、
  筆者だけお得な話になってそうで…すいません。

  川瀬巴水。明治生まれで大正から昭和にかけて活動なさってた人で、
  版画家というか浮世絵画家というか。
  寡作な人だったそうですが、
  それでもググったら物凄い麗しの名作がたんと出てきますvv